二次小説

永遠のジュリエットvol.36〈キャンディキャンディ二次小説〉

───開演の”2ベル”が響いた。

客席の明かりがすっと消える。

熱気を帯びた客席のざわめきが、ゆっくりと静まっていく。

ストラスフォード劇場、『リチャード三世』の夜公演。

主演は、マイク・ロバートに代わって舞台に立つテリュース・グレアム。

今から3時間、新たな『リチャード三世』テリュース・グレアムの世界が開ける。

この舞台の上で、陰謀を企み、戦い、策を講じ、誘惑し、王座に登る。血の繋がった王子たちやアン夫人を破滅させ、最後にボズワースの荒れ地でむなしく叫ぶのだ。『馬を! 馬をよこせ! 代わりに我が王国をくれてやる!』と。

それがリチャード三世だ。

そのシェイクスピア戯曲リチャード三世、最初の場面は、テリュースの『板付き』から始まる。もう何分か、そうして静かに呼吸を整えながら、テリュースは舞台上にスタンバイしていた。

やがて。

───幕があがる。

スポットライトが、輝く金糸のようにテリュースの全身に届く。

観客は息を潜めて、リチャード三世の言葉を待っている。その最初のひとことで今夜のすべてが決まる!

『さあ行くぞ!』テリュースは、心の中で自分自身に叫ぶ。

リチャード三世の独白がはじまった。

───今や我らが不満の冬は去り、ヨーク家の太陽輝く栄光の夏となった。

───我ら一族の上に立ち籠めていた雲も全て、水平線の彼方深く葬りさられた。

───今や我らの額には勝利の月桂冠が飾られ、傷だらけの鎧兜は記念品として壁に掛けられている。

───厳めしい鬨(とき)の声はさんざめく宴の声に、猛々しい行進は軽やかな舞踏に変わった。

───兵(つわもの)どもは険しい顔を綻ばせ、もはや怯える敵の肝を冷やそうと、武装した軍馬にうちまたがることもなく、ご婦人がたの部屋で器用に踊るのだ。

───みだらで甘いリュートの調べに合わせて。

流れるように韻をふんだ台詞。深くよく通るバリトンが、リチャード三世の心の内を語る。

「ほぉーーーっ」

観客は、静かに息をはいたまま止め、その力強く美しい台詞の流れに耳をすます。心地よいテリュースのバリトンが、劇場の隅々まで流れていく。

───だが俺ときたら、この体つきでは色恋もできず、惚れ惚れ鏡を覗き込むわけにもいかぬ。

───浮気な女の前で気取ってみせるような威厳なんぞありはしない。醜い身体のこの俺は。

───五体の均衡を奪われ、嘘つきの創造主に背丈を騙し取られ、歪められ、未完成のまま、半分できるやいなや、生まれる時が来る前にこの世に放り出されてしまった。

───ひどい不具で不格好なものだから俺が片足を引きずってそばを通れば、犬が吠えかかる。

───そんな俺に、この軟弱に笛を奏でる平和な時代にあって、どんな楽しみがあるというんだ。

───日向で自分の影法師を見つめながら、己の無様な姿を歌にして口ずさむ以外に。

───美男美女と口上手だけがもてはやされるこの時代に、恋の花咲くはずもないこの俺は、悪党になるしかない。世の中のくだらぬ喜び一切を憎悪してやる。

───筋書きはとうに出来ている。

───危ない幕引きだ。

───酔っぱらいの語る予言、誹謗、夢占い───。

───それらを使って、ふたりの兄、王とクラレンスを死ぬまでひどく憎しみ合わせてやるんだ。

───そして、俺が心底ずるく、卑怯で嘘つきであるように、もし王エドワードが心底正しく誠実であるならば、今日にもクラレンスは牢に押し籠められるはずだ。

───Gが頭文字の人物が、王の世継ぎを殺すだろうという予言のせいで。

───だが考えは胸にしまっておけ、当のクラレンスが来やがった。

やがて、リチャード三世の長い独白が終わると水をうったような一瞬の静寂が劇場を包む。そして次に弾かれたような拍手の嵐が巻きおこった。

「おおぉ~~~!!!」

感嘆の声が、地響きのように響く。その劇場を揺るがすような音に、次に登場したクラレンス公爵がしばらく拍手がおさまるまで、台詞を言うのを待つという小さなハプニングがおこったほどだ。

『やってくれたな、テリュース。見事だ』

珍しく、1階最後列の観客席で芝居をみていたロバートは、観客の反応に満足げに目をやってから、立ち上がった。

『もうこの先は観なくてもわかる。今夜の芝居は大成功だ』

団長、演出家、経営者、俳優と何役もの仕事をこなすロバートには、まだ今夜やらなければならないことが残っている。残念だが、最後までテリュースの芝居を堪能する時間はなかった。

何よりも、明日からのリチャード三世の代役主演をテリュースにやらせるのか、スプリングガーデン劇場のマイガール主演に戻すのか、幹部で話し合う必要があったからだ。

俺の目に狂いはなかった。イギリスから戻ったテリュースの、あのにじみ出る暖かなオーラは『本物』だったと言うことだ。何があったのかわからないが、テリュースの中に今までになかった『何か』が宿ったのだ。

現に、テリュースの演じるリチャード三世は、シェイクスピアの描き出す、狡猾、残忍、醜悪な男としてだけでなく、その心の内にある、迷い、諦め、正義、愛という様々な感情を見事に表現していた。

そもそも、芝居をする者にとってシェイクスピアは絶対的な『神』に等しい。だからこそ、シェイクスピアの描くリチャード三世像が真実の姿だと思われがちだが、テリュースのリチャード三世は、それだけに留まらない人物像を描き出している。

リチャード三世は、ただの醜悪な王ではなかったのかもしれない。今宵、ロバートはテリュースの芝居を見て、初めて真実のリチャード三世はどんな男だったのだろうとふと思ったのだった。そんなことを思わせてくれる俳優。

すごい男だな。テリュース・グレアム。

評論家たちがこの公演をどう感じたのか、論評を早く読んでみたいとロバートは思った。だがその前に、劇場のどこかでテリュースの芝居を観ているであろうストラスフォード劇団幹部連中の感想が聞きたかった。

ブライアンあたりは、これでもテリュースをマイガールのカイルに復帰させろと言うだろうか?

───面白い。

劇場上階の団長室に戻りながら、幹部たちが、今から慌てて集まってくることを想像して、自然に顔が綻んでくるのだった。

その夜のリチャード三世の公演は、控えめに言っても『大成功』だった。

観客たちの何度と繰り返される果てしないアンコールで、とうとうストラスフォード劇場のマネージャーが、挨拶に駆り出される始末。

『今日の公演は終了といたします』と彼が舞台上で言わなければ、朝までアンコールの拍手がなりやまなかったかもしれない。

その挨拶を聞きながら、貴賓用のボックス席に座って、ひとりで芝居を見ていたレオン・ビアンカリエリは、皮肉な笑みを口元にたたえて立ち上がった。

『へえ。やるじゃねえか、テリュース・グレアム』

────キャンディが命をかけて戦下の海を渡り、会いに行った男。

女ふたりに“二股”をかけるだけあって、なかなかいい男だ。醜男に化けても、女がほっとかねえわな。まぁ、俺ほどじゃねえけどよ。

クルリと踵を返してドアの方に歩きだすと、係員に渡されたチラシをグシャリと潰して、背中越しにポイっと床に放り投げた。

あの時。港でキャンディの乗った貨物船ローグ号が海の向こうに消えた頃、レオンは警官たちに拘束され、取り調べを受けることになった。だが、根回しの天才レオンは小一時間ほど説教をされた後、すぐに解放されたのだが、キャンディが会いに行った人間がどんなやつなのか、無性に知りたくなった。

あの絶大な権力を持つアードレー家の養父の手助けを求めず、ひとりでレオンの貨物船に乗り込んだキャンディ。会いに行ったのは彼女の“想い人”で、養父に話さなかったのは、話せば反対されると思ったからだと容易に想像できた。

それからすぐに、レオンは部下を使って情報を集め、その男がブロードウェイの人気俳優テリュース・グレアムであることを知った。そして、キャンディと男が、イギリスサウザンプトンの病院で会えたことも、ローグ号の船長グインから報告を受けていた。

だが。

そのテリュース・グレアムには、スザナ・マーロウという元女優の婚約者がいて、昨年婚約したばかりだという。

────婚約者がいる男?レオンは、もたらされた情報に素直に驚いた。

そして、そのテリュース・グレアムは、入院していた病院から、ある日突然、煙のように忽然と消えたという。

おまけに、キャンディはいつの間にかシカゴに戻ってきていた。

いったいどういうことなんだ?

そして今夜、何事もなかったかのようにテリュース・グレアムもブロードウェイに現れた。

キャンディは、なぜ婚約者のいる男を追ってイギリスに渡ったりしたんだ?

どうして今、ふたりは別々にいるんだ?

まさか、テリュース・グレアムが、婚約者の女優とキャンディを二股にかけているのか?

───だったら、シカゴにいるキャンディの方が分が悪そうだな。

───まぁ、俺の女になりゃいいんだし、構わねえか。

そんなことを思いながら、レオンは階段を降り、正面玄関前の道路に出て、迎えにきた部下の運転する車の後部座席に乗り込んだ。

「なあトーマス、今度元副大統領のスティーブン・クルーニーが、戦場に送る物資購入の資金調達と名を打って、大がかりなチャリティーパーティーを開催すると言っていたよな?そこにストラスフォード劇団の面々は、招待されているかわからねえか?」

運転席のトーマスは、混んだ道を巧みに運転しながらバックミラーの中のレオンに愛想よく答える。

「う~ん。今んとこ耳にはしてねえですが、もし必要なら招待状を送るように、ヤツの秘書を通じて裏から手配しやしょうか?」

「ああ。頼む。こっち(NY)の世情に通じたお前がいてくれて頼もしいぜ」

シカゴ港が、大陸に兵を送るための軍用港になってしまい、レオンたち商用の船はニューヨーク港を利用するようになっていた。レオンも今はシカゴより、ニューヨークに身を置くことが多かった。

「そのパーティーに招待するのは、ストラスフォード劇団の団員なら誰でもいいんですかい?それとも特定の誰かに出席してもらいたいんで?」

「テリュース・グレアム。今夜の公演の主役だ」

「主役……。だったらパーティーに誘い出すのは、ちょいと難しいんじゃないですかい?」

「わからん。グレアムは代役で、主演はあくまでもマイク・ロバートだからな」

「そうなんすか。へい、わかりました。やれるだけやってみます」

「すまないな。金が必要なら好きなだけ使っていい」

「ありがとうごぜいやす。そう言ってもらえるとやり易いんで。へへっ。ところで親分、それは例のシカゴのお嬢さんと関係があるんですかい?」

「ああ、そうだ」

レオンが、キャンディのためにローグ号に乗り損ね、かわりにキャンディがイギリスまで乗船したということは、レオンの部下の全員が知っていることだった。

───レオンが“初めて出会った感情”。

好きな女の存在は自分のアキレス腱(弱み)になるからと、どんな女性も名前で呼ぶことを避けていたレオン。それなのになぜかシカゴ港で無意識にキャンディの名前を叫んでしまった。

「へえ~。そのストラスフォード劇団の俳優とキャンディ嬢とは、いったいどんな関係なんですかい?」

「わからん。それを知りたくて誘い出すんだ」

そして、それがわかれば、自分の気持ちもハッキリとわかるだろう。

自分が思うより、俺も単純な男だったということだ。認めたくはないが、それが恋なのかもしれないとレオンは思っていた。

 

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ABOUT ME
ジゼル
「永遠のジュリエット」は、あのロックスタウンから物語がはじまります。あの時運命が引き裂いたキャンディとテリィ。少女の頃、叶うなら読みたかった物語の続きを、登場人物の心に寄り添い、妄想の翼を広げて紡ぎたいと思っています。皆様へ感謝をこめて♡ ジゼル

POSTED COMMENT

  1. よっちゃん より:

    わあ!更新ありがとうございます:blush:レオンが!キャンディを惚れた!やっぱり:heart_eyes:どうなる!ドキドキ・ワクワク!レオンとテリィ!どんなトークになるのか!ふたりともメラメラと嫉妬と(●`ε´●)怒り?どんな展開がとても楽しみです:sparkling_heart:

    • ジゼル より:

      よっちゃんさま♡

      いつもコメントをありがとうございます♡
      すごく嬉しいです。

      キャンディキャンディの中には、基本的に『おぼっちゃま』な男子しか出てきませんよね。

      テリィ、アンソニー、アルバートさん、ステア、アーチー、ニール。みんなかなりのセレブ。

      だから、逆に、育ちが良くなくても、おぼっちゃま育ちでなくても、『かっこいい』男子が出てきて欲しいと思ったんです。それが、レオンです。

      そして、またキャンディを好きになる。。。(笑)

      で。テリィともうひとりの男子がキャンディを取り合って?ケンカになるシーンは、私がものすごく見たいシーンなんです。それをレオンに設定したつもりです。

      脳内のイメージ通りに、文章が書けるか心配ですが、がんばります!

      よっちゃんからいただくコメント、いつもすごく嬉しくて書いていくパワーになります。
      感謝します!

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