甘い春の風が優しくカーテンを揺らし、そばかすだらけのキャンディの頬を撫でていく。
「もうすっかり、季節は春なのね。」
キャンディは、アルバートさんのいなくなった部屋をぼんやりとながめながら、椅子に座ってため息をついた。
あれから。
アルバートさんからは、なんの連絡もない。
小包が発送されていたロックスタウンの隅から隅までアルバートさんを探して歩き回ったが、手がかりは何も見つけられなかった。
そもそもロックスタウンにアルバートさんがいた形跡すら、なかったのだ。
まるでアルバートさんが、テリィに会わせてくれるために計画したみたい。。。まさか___ね。
「アルバートさん、いったいどこへ行ってしまったの?」
ふたりで住むために借りたマグノリア荘の部屋、お揃いのカップ、温かいスープ、たわいのないおしゃべり。
当たり前のように存在していたアルバートさんとの時間が、キャンディは、たまらなく恋しかった。
「アルバートさんに会いたい__。声を聞きたい。。。今すぐ、その胸に飛び込みたいのに。」
ひとりには慣れているはずのキャンディも、アルバートさんとのあたたかな時間を過ごした後だから、よけいに孤独を感じてしまう。
「アルバートさんのいなくなった部屋は、寂しすぎるわ。まるで火が消えちゃったみたい。」
キャンディはポツリと呟いた。
そんな時。ふと_。
マグノリア荘の窓辺に届く、外で駆け回る子供たちのにぎやかな声の向こうに、懐かしいポニー先生、レイン先生の声が聞こえたような気がして、キャンディは窓の外を見た。
春の木漏れ日の中で緑の葉っぱがキラキラと輝いている。
『キャンディ、帰っていらっしゃい、ポニーの家に。
ここがあなたのふるさとなのよ。』
あたたかな優しい声が心に届く__。
そうだ、帰ろう__。私のふるさとに。
ポニーの家の近くに看護師の仕事を見つけて__。
夜中に熱を出したまだ小さな赤ちゃんにおろおろするポニー先生。ぱっくり開いた男の子の傷に血の気を失うレイン先生。
きっと自分は役に立てるはずだ__。
キャンディは、自分の思いつきに大満足し、にっこり微笑んだ。
我ながら素晴らしい考えだわ。善は急げ!
キャンディはすっくと立ち上がった。
その時。
コンコンと背後で突然ノックの音が響いた。
アルバートさん?!
アルバートさんが帰ってきてくれたのかもと期待を込めて、慌ててドアを開けたキャンディの前に立っていたのは、黒い服をピシリと着こなすジョルジュだった。
「おむかえにあがりました。大おくさまがお呼びでございます、キャンディスさま。」
いつものように無表情な顔で告げる。だが、その彼にどこか暗い雰囲気が漂っていることに、キャンディは気づかなかった。
「むかえ・・・?大おばさまが_?わたしを?」
キャンディを嫌って、その存在を半ば無視しているエルロイ大おばさま。
その大おばさまの用件とはなんだろう?
キャンディには、心あたりがまったくなかった。
黙り込んだままとりつくしまのないジョルジュに、大おばさまの用件がなんなのか教えてもらえぬままアードレー家にやってきたキャンディを出迎えたのは、ニールとイライザの激しいケンカだった。
「いいわよ。おにいさまなんてもう絶交だわ!」
いつも上品に取り澄ましたイライザが完全に冷静さを失っている。
へぇ。私に意地悪する時は、息がぴったりあっているふたりだけど、たまにはケンカすることがあるのねぇ。
キャンディは、はじめてみるふたりのケンカに心の中でクスリと笑った。
「キャンディ、おまえ・・・!」
部屋から飛び出してきたイライザが、キャンディの顔を見て顔色をかえる。
「おまえなんか死ねばいいんだわ!」
「やめろ、イライザ。」
吐き捨てるように言って立ち去るイライザの後ろから、ズルそうな笑みを浮かべたニールが現れた。
「やぁ、キャンディ。色々恥をかかせてくれたけど、お前はもう逃げられないからな。」
獲物を狙うハイエナのように、今にも舌なめずりをしそうな雰囲気だ。
なんの話?逃げられないってどういうこと?
キャンディは、自分の身に良くないことがおこっていることを瞬時に察知した。
嫌な予感がする__!
< p>「キャンディスさまをおつれしました。」
ジョルジュが部屋の主に告げる。
案内された部屋には、大おばさまだけではなく、ラガン夫妻もいて、彼らは暗い憎しみの炎を瞳に宿しているのだった。
そして、部屋に入ってくるキャンディに、背筋が凍るほどの冷たい視線を投げかける。
「お前をニールと婚約させることにしました。これは、ウィリアム大おじさまの命令です。」
エルロイ大おばさまが、死刑を宣告する裁判官のように冷たく言い放った。その言葉には、1ミリの優しさも感じられない。
私とニールが?
大おじさまの命令で?
キャンディは、足元が崩れていくような感覚に襲われながらも必死で声をあげた。
「なぜです。私、ちっともニールを愛していないのに!」
「ニールが・・・あの子がおまえと結婚できないなら志願兵になると・・・」
ラガン夫人がわなわなと震えながら、
馬番あがりの女を婚約者として許す、その重大な理由を話す。
「うそです!あんな弱虫が志願兵になるなんて!」
キャンディは必死に抗議した。そんな勇気がニールにあるわけない!キャンディは、そのニールの言葉が嘘であることを大おばさまたちに証明したかった。
「おだまりなさい!おまえは黙って従えばいいんです!」
大おばさまが、キャンディの言葉をピシャリと遮る。
「ニールが・・・あの子まで志願兵になるなんて・・・考えるだけでも恐ろしい・・・」
大おばさまもニールの言う選択に身震いする。
ひきょうなニール!
志願兵になる気なんてないくせに。
ステアの死を利用するなんて!
「婚約パーティーは三日後です。いいですね。」
何を言っても通用しない。無駄だ。どんなに私が抗議したって、誰も耳をかしてはくれない。
キャンディには、ただ黙ってその命令に従うことしか許されないのだ。
ふらふらと部屋から出てきたキャンディの頬を幾すじもの涙が伝った。
キャンディは悲しかった。ただ悲しくて虚しかった。
ウィリアム大おじさまがニールのために決めたこと_。
大おじさま、本当に私がニールと婚約することを望まれたのですか_?
声にならない叫びがキャンディの心から漏れた。
孤児の私を養女にしてくださったウィリアム大おじさま。
聖ポール学院を勝手にやめた時もアメリカで看護師になった時も何も言わず、ただ見守ってくれていると感じていた。
その大おじさまが、キャンディの気持ちを無視し、ニールのために婚約を指示なさったのだ。
自分のことを心のない「物」であるかのように扱って。
私は、物じゃない!心があるの!
「キャンディスさま。」
ジョルジュが、幾千もの言葉を秘めた瞳でキャンディを見つめる。
「ジョルジュ。アードレー家のおとなたちってみんなそうなの?大おじさまもそんな人だったの?私を養女にしてくださった大おじさまも。」
キャンディは、そばにいたジョルジュにたまらなくなって尋ねた。そんな質問をすれば、口の固いジョルジュが困るのもわかっている。
「わたし、品物じゃないわ。こんな風にやりとりして欲しくない!誰も私を人間として見てくれてないんだわ。」
その時___。
神の啓示のように、ジョルジュの声がキャンディに降り注いだ。キャンディがまったく予期しなかったジョルジュの言葉。
「おいきなさい。レイクウッドへ。ウィリアムさまは今、レイクウッドにいらっしゃいます。」
「ジョルジュ・・・」
「はじめて・・・ウィリアムさまの命令にそむきました。」
その仮面の裏側で、感情が揺れたようにジョルジュがキャンディに言った。
「うら庭からお屋敷にお入りください。召し使いはいま誰もおりません。そして、午前中はウィリアムさまはサンルームにいらっしゃいます。」と。
次のお話は
↓
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ブログ楽しかったです♥️
いろいろ
楽しく回りました
また寄らして貰います~
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>にゃんわんさま
フォローしてくださった方の私からのフォローのやり方がわからず、遅くなりました。でも、もうわかりました!
にゃわんさま、イラストが神レベルですね~。
ジゼルは、絵を書くのが苦手で、にゃわんさまのようにイラストを描けることに憧れます。
これからも楽しみに拝見させていただきます。
またおじゃまさせていただきます
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>ジゼル
いっぱいの幸せ♥️
当たり前の、幸せ♥️
ほっこりした幸せ♥️
これからも
いとおしい幸せ♥️
あなたに♥️めいいっぱい
幸せ("⌒∇⌒")♥️
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>にゃんわんさま
たくさんの幸せを受け取らせていただきました。
ありがとうございます
にゃわんさまにも私から幾千、いいえ、幾億万もの幸せが届きますように