茜色に染まる冬の街道を駆ける馬車。キャンディは、通りすぎていく窓の外の景色を見ていた。
派遣されたトゥールーズの病院で、キャンディが任されたのは簡単な仕事で、量も多くはなく、はたして今日、応援のスタッフが必要なほどであったかと疑問に思うくらいだった。仕事はあっけないほど早く終わり、キャンディが他に仕事がないか尋ねても、もう十分に働いてもらったからと早々に帰りの馬車を用意してくれたのだった。
『────テリィ、早く会いたい。どうしているかしら?』
馬車に乗り、サウザンプトンに帰るまでの道中は、キャンディにとって不確かな、でも幸せな時間。もうすぐテリィに会える。目を伏せて、心の扉を締め切って、ただテリィといることだけを考える時。
でも。心のどこかでキャンディは恐れている。この幸せな時間が、長く続かないのではないかと。
そして、自分を責めている。この選択は間違っているのだと。選択の影に泣くひとりの女性がいることも忘れていない。
────許して。
そんな気持ちをかき消すように、テリィの言葉をお守りのように心の中で反すうするキャンディ。
“───すべてを捨てて一緒に生きていこう、キャンディ”
すべてを捨てたなら。
他に何も望まなければ。
どうか、神様。許してもらえますように。
テリィのそばで生きていくことを────。
サウザンプトンの街に入ると人影が増えてきた。石畳の道を歩く人たちは、背中を丸め、上着の首元を重ね合わせて寒そうに歩いている。
馬車が坂道を上り、テリュースのいる仮設病院向かいの道で止まるとキャンディは、門の前で屋敷の中をのぞいている男に気がついた。
目深にかぶった黒いハンチング帽、黒いコート。自らの気配を消そうとしながらも、抜け目なくキョロキョロと門の中や周辺を探る視線。
はっきり言って、かなり怪しい。
もしや泥棒?
キャンディはお礼を言って馬車を降りると小走りで門に向かい、男に声をかけた。
「あの、この屋敷に何かご用ですか?」
「ひえっっ」
ハンチング帽の男は、後ろからキャンディに声をかけられ、びくっと身体を揺らし、後ろを振り返った。が、キャンディを見ると意外にもほっとしたような顔をして尋ねた。
「もしかして、あんた、この屋敷の人間かい?」
「ええ、そうよ。私はここで働いている看護師なの」
キャンディが胸を張ると男はパッと顔を輝かせる。
「じゃあ、この屋敷が、今は病院になっているのは間違いないんだな」
男が屋敷の様子を伺っていたのは、ここが病院かどうかわからなかったからのようだ。確かに表から見ると貴族の屋敷でしかない。
「ええ、そうよ。今このお屋敷は仮設病院になっていて、シーナ・センチュリオン号の被害者の人たちが入院してるの。あなた、誰かにお見舞い?」
キャンディは安心させるように優しく尋ねる。お見舞いであるならば案内してあげようと考えて。
「いや、俺は見舞いじゃねえんだが、ちょいと頼まれ事をしていてね。あんた、ここの看護師なら、患者の中に、髪が長くて男前の”テリュース”ってヤツを知らねえか?」
男は髪の毛はこのくらいと自分の肩のあたりを手で示して見せた。
キャンディはすぐにピン!とくる。
「あなた、もしかして、テリィの古い知り合いの人ね?」
キャンディの言葉に男も反応する。
「テリィ、ってことは、、、。じゃああんた、テリュースを知ってんだな」
キャンディがうなづくと、男はホッとしたように、胸のポケットから封筒を取り出した。
「だったらすまねえが、これをテリュースに渡してもらえねえか?」
「あら、テリィは今病室にいるはずよ。案内するから、あなたが直接渡せば?」
「いや、とんでもねえ。俺なんぞがうろちょろしていたらやべえことになるって」
「やべえこと?」
「あ、いや。こっちの話で。とにかく、俺はすぐにロンドンに戻らなきゃなんねえんで、あんたからあいつに渡してやってくれねえか」
男は、大きなふしくれだった手で強引にキャンディの手を取り、封筒を握らせる。
「アイツは”何がなんでもすぐに持ってこい”と連絡してきたんで、あんた、すぐに渡してやってくれよ。でないと今度会ったら俺がどやされちまう」
キャンディは、男のセリフに破顔する。きっとテリィは一刻でも早くグレトナ・グリーンに向かおうと彼を急かしたに違いない。
キャンディは、自分がお礼を言うのも変なので、とびきりの笑顔を浮かべて、すぐにテリィに渡すことを約束した。
「じゃあ、たのんだぜ」
男はそう言うと、サウザンプトン駅の方向に伸びた街道を下って行く。その後ろ姿を見つめながら、テリィの学院時代を想像するキャンディ。
「あの人、わざわざロンドンから来たんだわ。テリィ、貸しがあるって言っていたけど、どんな貸しなんだろう?」
そんなことを思いながらキャンディは屋敷に入る。本来ならキャンディは、まず1番に、今日の報告をDr.トーマスにするべきなのだが、早く封筒を渡したくて、先にテリュースの病室に向かうことにする。封筒の中には、ふたり分の列車のチケットが入っているはずだ。
キャンディが封筒を渡して、テリィが笑顔で受けとる。
『ほら、キャンディの分の列車の切符だ。失くすなよ』そう言って、大切そうに1枚のチケットをキャンディに渡すだろう。
そんな幸せな妄想をしながら、キャンディは屋敷の離れの棟に通じる重い横扉をくぐり、漆喰の壁に囲まれた廊下の一番奥、テリュースの病室に到着した。
キャンディは急いでノックする。
コンコンコン、と三回ノックをするのと同時にキャンディはドアを開けた。
─────と。
部屋は、がらんどうで、ベッドもテーブルもなくなっていた。
一瞬、キャンディは、自分が部屋を間違ってしまったのか、と思う。
──────え?
キャンディは驚いて、何もなくなってしまった部屋を見渡す。
唯一あるのは、部屋の壁にかかったジョージ・スワンソンの『天使と悪魔』の絵だけ。
『ジョージ・スワンソンと言えば、サウザンプトン出身の有名な宗教画家なんだ』テリュースの言葉を思い出すキャンディ。
間違いないわ。この部屋はテリィの病室よ。
じゃあ、テリィは別の部屋に移ったのかも。
キャンディは急いで、Dr.トーマスのいる母屋に向かう。少しずつ具合は良くなっているし、意識を取り戻したのだから、皆と同じ大部屋か、母屋の別の部屋に移ったのもしれなかった。
テリィが大部屋でやっていけるかしら?そんなことをキャンディが心配しながら、二階にある医局兼カンファレンスルームをのぞくが、あいにくDr.トーマスはいなかった。キャンディは、そのまま階下に降りて、大部屋に向かう。
「やあ、お帰り!今日は慣れない病院で、疲れたじゃろう」
Dr.トーマスが、いつものように、談笑しながら患者の傷口を診察していて、部屋に入ってきたキャンディに気づくと明るく声をかけた。
そして、さらりと当たり前のように付け加える。
「キャンディ君、そういえば、テリュース氏は、迎えが来て退院したからね」
「えっ?」
息を飲むキャンディに。
「それから、アレクサンドラ王太后殿下からスタッフに下賜された品があるから、君も受け取ってくれたまえ」
あとの言葉はキャンディの耳に入らなかった。
テリィが退院した?
迎えが来て?
「トーマス先生、テリュースさんはロンドンに帰ったのですか?迎えにきたのは、家族の方ですか?」
「……いや。ご家族ではなく、代理の方じゃったよ。詳しくはおっしゃらなかったし、僕も尋ねなかったから、詳しいことはわからんのじゃが」
テリィの部屋から出てきたあの男性だろうか?テリィはここを出て行くことを受け入れたのだろうか?
「あの、それならテリュースさんは、何か私に手紙とか伝言を残してないですか?」
キャンディは心臓をぎゅっと捕まれたような気持ちで尋ねる。
「あ、いや。特に何も預かってはおらんが………。君にもよくしてもらったと思っているはずじゃて」
テリィが何も言わずに立ち去ることなど信じられなかった。
何かあったのに違いない。キャンディはそう思った。
「それなら、スタッフのどなたかが、わたし宛の手紙や伝言を預かってるってことはないですか?」
「スタッフからも何も聞いてはおらんが………。尋ねておけばよかったのぉ。でも彼は退院時に、皆さんによろしくお伝えくださいとニコニコ言っておったよ」
────嘘だわ。
キャンディは、Dr.トーマスの言葉に違和感を持った。
テリィが、ニコニコなんてありえない。なぜ、トーマス先生はそんな嘘をつくの?
しかし、キャンディがまた質問をする前に、Mr.トーマスはそれだけ言って診察に戻る。
その件にあまり触れられたくなさそうに感じるのは変だろうか?キャンディの頭にそんな考えがよぎるが、処置をされている患者が痛がりはじめたのもあって、それ以上キャンディが詳しく尋ねることはできなかった。
呆然と立ちすくむキャンディに、近くのベッドにいた比較的軽傷の若い男性患者が声をかけた。
「あの……もしかしたら」
Dr.トーマスに聞こえないくらいの小さな声でささやく。
「その男性は、脚にケガをなさっていたんじゃないですか?」
「ええ、そうよ。右脚をケガして杖をついていたの」
「だったら、僕が見た人だと思う。その人、アレクサンドラ王太后と一緒にロンドンに向かったと思いますよ。僕が、面会に来た家族を見送りに玄関に出た時、杖をついた男性が王太后随行の黒塗りの車に乗り込むのを見たんです」
「他に特徴は?何か覚えてないですか?」
「ええっと……、どうだったかなぁ。見たのは後ろ姿だったし、王太后のSPたちが周りにうじゃうじゃしていてよく見えなかったけど、でも、髪が長くて背の高いすらっとした男性だったよ」
────テリィだわ。
キャンディはガツンと頭を殴られたような気持ちになった。
“公爵”はイギリス貴族の最高位。グランチェスター家が、アレクサンドラ王太后と繋がりがあっても不思議はなかった。
もしテリィが、アレクサンドラ王太后と共に立ち去ったのなら、もうここへは戻ってこないだろう。王室がからんでいるのなら、トーマス先生が話したくても話せないのかもしれないとキャンディは思った。
キャンディはその男性にお礼を言ってから、熱にうかされたようにぼんやりと再びテリュースのいた病室に向かう。部屋に何か残しているかもしれない。手がかりが見つかるかもしれない。そう思って。
しかし、テリュースのいた時より、何倍も広く感じるその部屋で、いくら探してもキャンディ宛の手紙やメモは見つけられなかった。そもそも探す場所すらないほど部屋は空っぽだった。
ガランと温かさの失くなった室内で、思い浮かべるのは、栗色の髪、ブルーグレイの瞳、ちょっとからかうように『キャンディ』と呼びかける甘いバリトンの声。
誰よりも冷たく見えるのに本当は優しくて。
神々の彫刻のように整った容姿なのにいたずらっ子のようなところがあって。
すべてのことに恵まれているのに、いつも寂しげで。
「テリィ・・・。何があったの?なぜ居なくなってしまったの?」
キャンディは声に出して言うと、我慢できなくなったようにその場に立ったまま声を殺して泣きはじめた。頬を涙が伝う。静かに、涙が流れ落ちて、鼻も口も塞ごうとする。
しばらくそうしていた後、キャンディはふと、ローグ号のグインの言葉を思い出した。
『何かあったら遠慮なく、わしらを頼ってくだせえ。わしらはまだしばらく荷物を積み込むまで、このドッグにいますんで』
────サウザンプトン港に行ってみよう。まだグインたちがいるかもしれない。乗せてもらって、アメリカに帰ろう。
サウザンプトンの港は、夜であっても船の荷物の積み降ろしや運び込みで24時間稼働している。
キャンディはとぼとぼと港につながる石畳の坂道を踏みしめながらおり、グインたちの船が停泊しているドッグに向かった。
しかし、当たり前のように、もうローグ号の船影はどこにもない。
「────いるはずないじゃない」
一縷の望みが儚く消える。
夕闇が迫るサウザンプトンは、夕方にかけて急に風が強くなっていた。風はまるで生き物のように街をうねり、通りすぎていく。キャンディの頬を、身体を、もてあそぶように撫でていく。
これからどうしたらいいんだろう?アメリカ~イギリス間の海の航路が断たれている今、アメリカに帰る手段はない。
冬の海風は体を冷やして、彼女の心の中まで震わせる。その寒さに耐え難くなるキャンディ。
泣いたって、もうすべて帰らない。世界中どこを探してもきっとテリィは見つからない。そんな気持ちになる。空は、漆黒のヴェールで世界を覆いはじめている。キャンディの心のように。
───テリィ!
テリィの声を、顔を、思い浮かべて胸が張り裂けそうになる。
あの時。
テリィと別れたNYからの帰り道も。
ただシカゴに帰らなければとだけ考えて、列車に乗って。
離れれば、テリィのことを忘れられると思っていた。自分がいなくなれば、テリィもスザナも幸せになれるのだと思っていた。
でも。
そうではなかった。
忘れられなくて、苦しんだふたり。お互いがいなければ、人生は終わってしまうのだとわかった今、また別れ別れになってしまうなんて。
何があったの?テリィ。
これからどうしたらいいの?待っていれば、あなたは帰ってくるの?
もう、繋いでいた手は離れてしまったのだから、テリィが近くにいないと手を繋き直すこともできない。
もう二度と交わらないふたりの運命。
きっと、今度は本当に最後。
キャンディは崩れ落ちそうになる。緑の瞳にまた再びゆるやかな涙の海が広がる。その海が雫となって頬を伝う。
その時。
キャンディの後ろで聞き覚えのある声がした。
「────キャンディ、もうそろそろ、家に帰ることにしないかい?」
キャンディは驚いて息を飲み、振り返った。
キャンディの前には、夕闇が迫る港に溶けかける長い影があった。
夕陽に背を向けていて顔は見えないが、声でその人とわかるその影の主。
「ア……ルバートさん?」
半信半疑で呟くように口にする。
「なぜ、ここへいるの?」
現れたのは、ウィリアム・アルバート・アードレー。すべてを包み込むような穏やかな微笑み、海よりも深い紺碧の瞳。優しさと芯の強さをたたえた瞳は、キャンディをまっすぐ見つめている。
「君を迎えにきたんだ」
そう言ってアルバートはキャンディの側にやってくると、泣いていたキャンディの頬を伝う涙を拭い、着ていた厚手のコートを脱ぐと、そっとキャンディの肩にかけた。
「そんな格好で冬の海風に吹かれていたら、風邪をひいてしまうよ」
「アルバートさん………。何も伝言してこなかったのに、どうやってここがわかったの?」
「なんでだろうね。以心伝心かな」
わざととぼけたように言って、手のひらでキャンディの頭を優しく”ポンポン”と叩いた。その優しい仕草に、自分でも驚くほど心が和らぐキャンディ。
「────アルバートさんっ………」
キャンディはたまらなくなって、アルバートの胸に飛び込んだ。陽だまりの匂いのする広くて温かなその胸。アルバートは、一度優しくキャンディを抱きしめてから身体を離し、大丈夫かい?というように緑の瞳を見下ろした。
いつもそうだった。キャンディが本当に困り果てた時は、アルバートは”ふっ”と現れてくれた。
レイクウッドでも。シカゴでも。辛くてたまらない時にはアルバートの存在がどれほどキャンディを助けてくれたか。
「本当はね、キャンディ。南米出張から戻ったら、レオンという男がアードレー家の本社ビルにやってきて、君をイギリス行きの貨物船に乗せたと教えてくれたんだ。こんな時に君を危険なイギリスへ渡らせるなんてどうかしていると彼に怒ったが、彼は僕が助けに行けるようにわざわざ教えにきてくれたんだろう」
「レオンが伝えてくれたのね」
あのレオンがわざわざそんな親切をしてくれたなんて。
「────ねえ、アルバートさん、じゃあ、もうアメリカからイギリスへの定期航路は再開したの?」
「いや、まだアメリカからサウザンプトンへは、クローズされたままなんだ。だから僕は、ブラウン氏、いやブラウンおじさんを頼って、彼の知り合いの船に乗せてもらい、かなり遠回りをしてここへ着いたんだ」
「ブラウンおじさんって、もしかしてアンソニーのパパのこと?」
ステアの葬儀の日。教会で話したアンソニーのパパ。アンソニーと同じ穏やかで優しい雰囲気の男性だった。忘れられないアンソニーの面影を持つ人。
「そうさ。キャンディもアンソニーのパパとは会ったことがあったね。彼は今も大型客船の船長をしていて、世界中の海を旅しているんだ」
アルバートはそう言って柔らかな笑みをたたえた後、そこで言葉を切り、真面目な表情になってキャンディの緑の瞳を覗き込んだ。
「しかしなぜ君はひとりでこんなところにいるんだ?彼は……、テリュース君と一緒にいるんじゃなかったのかい?」
アルバートの声はどこかひんやりとしているが、決して突き放しているようには響かなかった。
「────それは……」
「キャンディ、何があったのか、教えてくれないか?」
アルバートは静かに問う。
「わからない………。テリィは何も言わずにいなくなってしまったの」
キャンディは、震えそうになる唇に必死に力を入れて、アルバートにありのままを伝えようとするが、何から話せばいいのか、わからなかった。
「わたし、今日は馬車で1時間半ほどかかるトゥールーズという街の病院に派遣されて行ってきたの。朝早くに病室をのぞいたらテリィはまだ眠っていて、枕元に手紙を置いて出かけたわ。今日中に帰ってくるからって」
朝は病室で静かに眠っていたテリィ。あれから何があったのか、キャンディにもわからない。
「それなのに………。夕方に屋敷に戻って病室をのぞいたらテリィはいなくなっていたの。トーマス先生は、迎えが来てテリィは退院したって……」
「どこへ向かったとか聞いたのかい?」
「いいえ。詳しいことはトーマス先生もわからないって。だけど、ひとりの患者さんが、テリィによく似た男性が、アレクサンドラ王太后の随行の車に乗り込んだのを見たと教えてくれたの」
「テリュース君が、アレクサンドラ王太后と?」
「ええ。テリィかどうか、確証はないけど、脚をケガしていて、背が高くて髪が長い男性だった、って。テリィだと思うわ」
アルバートにもその可能性があることは納得できた。ただ────。
「だったら、彼は、キャンディ宛の手紙や伝言を残さなかったのかい?誰と行ったとしても」
「何もなかったの、テリィからの伝言も手紙も」
キャンディが悲しげにその言葉を告げる。
アルバートはロンドンの動物園で、キャンディと談笑するテリュースの横顔を思い出した。
冬のNY。あの時、彼がどんな思いでキャンディとの別れを選んだのか。キャンディをどれほど愛しているのか。
誰にも本当のことはわかりはしない。
だが。
結果的に。彼はキャンディと別れ、他の女性を選んだ。そしてまた今度もキャンディに何も言わず立ち去ったというのか。
テリュース・G・グランチェスター。
君を許さない。
アルバートの心が燃え上がる。
「戦火の海を超えてやってきた君をこんなところにひとりぼっちで置きざりにして、何も言わずに立ち去ったと言うんだね?」
「違うわ、アルバートさん。テリィは、それを知らないわ。私がアメリカから派遣されて、イギリスで看護師として働いているんだと思ってるのだもの」
「だとしても、置き手紙をするなり、メッセージをスタッフに託すなり、なんとでもできただろう?」
その質問には、キャンディは一度唇を噛んでから答えた。
「もしかしたら、何かできない理由があったのかもしれないわ」
「キャンディ、彼が君に伝えられない理由なんていったい何があるというんだい?」
「・・・・・・」
キャンディは、アルバートの問いに言葉を失いしばし黙り込んだ。自分で思うよりも、他の人間から聞くその疑問は、余計辛かった。
「キャンディ、僕は、君の幸せの行方を見守りたいと思ってきた。大切にそっと。テリュース君とのことも、君たちが決めたことなら僕は何も言うまいと決めている。彼が、彼らしい選択をしたことも、そんな彼だからこそ、君が彼を好きになったのもわかっている」
アルバートはそこで言葉を切った。それまでは踏み込まなかったキャンディの心の中。
「だが彼は、君の手を離したんだ。二度までも。これからは、彼の亡霊に邪魔はさせない。君のことは僕が守る」
碧眼の瞳と翠眼の瞳の視線が混じりあう。いつもは凪のように穏やかな碧眼の瞳が放ついつもとは違う強い光に、キャンディはアルバートはこんな表情もするのかとびっくりしてしまう。
そして、アルバートがふうっと長く深い吐息を吐き、思いきったように言葉を紡ぎ出す。その言葉には偽りも、繕った響きも無かった。
「君に出会えて僕は救われたんだ」
キャンディと出会ってからずっと心の中にあった想いが、アルバートの口からこぼれ落ちる。アードレー家の当主として、長く存在を隠され、孤独に生きてきたアルバート。
「君に触れなくてもいい。ただ側にいてくれるだけで、僕は心の底から、呼吸することが楽になるような気がするんだ。ずっと、これからも僕のそばにいて欲しい」
「────アルバートさん、、、」
一陣の風がふたりの間をびゅうと言って駆け抜ける。キャンディの心の中にも嵐が巻き起こる。
「それは私も同じよ。ずっといつまでも、アルバートさんのそばにいたいわ」
その孤独を癒していたのだとしたら、嬉しいとキャンディは思う。
「違うんだ、キャンディ。僕が言っているのは、養女としてではない」
もう本当のことを。自分の想いを打ちあけよう、アルバートはそう思っていた。
「キャンディ………、僕は君を愛している。養女としてではなく、ひとりの女性として」
深くまっすぐな想いが込められたアルバートの表情に、言葉に、キャンディは虚をつかれる。頭では何か言わなくてはと思うのに、すぐに言葉にして答えることはできなかった。何を言えばいいのかも、自分の気持ちもわからなかった。
かといって目をそらすこともできずにキャンディはただじっとアルバートを見つめ返す。
そんなキャンディに。
アルバートは何も言わなくてもいいと言うようにふわりと微笑み、キャンディの金髪を優しく撫でた。
「キャンディ。疲れているだろう。どこかで何か温かいお茶でも飲むことにしよう」
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こんにちはジゼルさん新しく更新ありがとうございます。やっと涼しくなって来ましたね、体調崩されていませんか、どうかご自愛ください。テリィとキャンディが離れ離れになってしまってキャンディが可哀想です:sob:アルバートさんからの突然告白にびっくり、キャンディはどう答えるのでしょうか?気になります‼次回も楽しみに待ってます。
ルナルナさま
ホームページにコメントを下さり、ありがとうございます!すごく嬉しいです。
私は、キャンディとテリィが結ばれて欲しいと思っていますが、やはりアルバートさんという最大のライバル?とスザナの存在を乗り越えていかなければならないと思っているんです。
私の妄想の中では、アルバートさんは、『キャンディにぐいぐい迫らないけれど、じわ~っと外堀から埋めて行き、気がつくと無くてはならない人』と思わせることのできる頭が良くて大人の男性ではないかと思っているんです。しかも、それを計算でなく、天然でやりとげる男(笑)
なので。
あんな風に告白しておきながら、それ以後もいつも通り、今までと変わらない接し方に、キャンディは『あれ?アルバートさん、どういうこと?』と気になりはじめるということです(笑)
ですが、テリィに置き去りにされたキャンディの心の痛みは深いと思っています。
漫画のキャンディは、『時が確実に(テリィとキャンディを)ふたりの間を隔てていく』と言うようなことを言っていましたが、私はそんなに簡単にはテリィを忘れないで欲しいし、させません(笑)
大きな困難を乗り越えられるほど、テリィとキャンディの愛は深いと思っています。
体調管理の難しい時ですね。
ルナルナさま、ご自愛くださいませ。
アルバートさんがついにキャンディに・・・
なんかうれしい
このシチュエーション好きです❤
でも、やっぱりキャンディがかわいそう
喪失感半端ないだろうな
でも、この後傷心のキャンディがアルバートとテリィの間で揺れちゃうのかな
ドラマチック♪
でも最後にはテリィと・・かな?
続きが楽しみです( ´艸`)
パイシェルさま
いつもコメントをありがとうございます!
嬉しいです。
アルバートさんについては、実は、『キャンディの養父に徹して欲しい』という願いがあります。
キャンディを遠くから見守るアルバートさんが素敵だと思うから。
当時のなかよし編集部側は、テリィと別れ、看護師として、女性として、成長していくキャンディが、『ふと気づいたらそこにアルバートさんとの愛があった』という流れを考えていたのではないかと思うんです。
しかし、テリィの人気が凄すぎて、それが出来なかった。。。。。。
実は、永遠のジュリエットを書き始めた時、テリィ派と書かずに、最後の結末もわからないようにしようかとも思っていたんです。
でもそれだと私なら読まないなぁ(笑)と思ってカミングアウトしたんです。
イケてるメンズふたりに迫られるなんて、憧れのシチュエーションですよね!
テリィは自分の気持ちはキャンディに伝えてある、と思ってますが、キャンディはテリィの気持ちを理解できてません。なぜ?と。
それが、今のふたりの現状なんです。
ここから、後半を妄想していくつもりです。
これからもよろしくお願いいたします!
ジゼルさま♡
遅れましたが、ホームページ開設、おめでとうございます!
初コメントにドキドキしてしまいます(^^)
男アルバートさん、出てきましたねー!
グイグイと。
テリィ派のわたくしですが、アルバートさんの魅力も感じられるジゼルさまの作品にキュンキュンしちゃいます♡
しかし、、テリィよ。。
なぜ、いつもそうなるんだい??
って、言いたいです( ; ; )
キャンディの心中を思うと、切なすぎます。。
そこにアルバートさんの言葉・・
私がキャンディなら、、グラッときちゃうかも?!
今後の物語も楽しみにしております!
Roseさま。
お越しくださり、ありがとうございます!嬉しいです。
ホント、テリィ、ごめんよ~の気持ちです。またまたひどい目にあわせてしまって(笑)
現代なら、テリィがキャンディに、『俺、連れ戻されて、ロンドンの実家ナウ!』とLINEしてすぐに解決なのですが、この当時は、電話もそれほど復旧していなかったそうなんです。
それから。
アルバートさんの再登場に、頭ポンポン、自分のコートを脱いで掛けてあげるプレイ、あとね、実はRoseさまの(笑)バックハグも入れたかったんですが、バックハグはテリィの専売特許なのでやめました(笑)
そうそう!男アルバート(笑)
ぐいぐい行きます!予定では。
でも。
自分で書いておきながら、アルバートさんって、女子にどんなアプローチをするんだろう???とまったく想像できなくて、筆が止まっています(笑)
韓流ドラマなら、お洋服を買いに出かけて、ヒロインに色々とっかえひっかえ着せ替えをし、自分の見立てでお洋服を買って淑女に仕上げたり、跪いて靴を履かせてあげたり、背中におぶってあげたりが定番ですが、アルバートさんって、もうすでにそれに近いことを全てキャンディにしているしなぁ~(笑)(笑)
妄想を絞り出します。