アードレー家本宅。
「ウィリアム、またそんなことを言うのですか!」
キャンディとアルバートが、イギリスからシカゴに戻って数ヶ月後。
エルロイが、アルバートの態度に怒り、頬を紅潮させた。感情を表に出すことは品のないことだと、めったに声を荒げることのないエルロイであったが、再三のアルバートの拒否の言葉に自分を押さえることができなかったのだ。アルバートの伴侶にと紹介した女性を断られる回数は、これで両手の指では足りなくなった。
「いったい、この令嬢のどこが気に入らないのです」
エルロイはソファに座り、テーブルを挟んで向かいに座るアルバートに、革で装丁された1枚のポートレートをイライラと指で指した。
「アードレー家当主の婚約者として、相応しい女性ですよ」
エルロイが、ここのところアルバートの婚約者にと紹介しているのは、アメリカでも有数の大企業の経営者を親に持つ令嬢ばかりだった。今回は、南部の鉄道会社のオーナーの娘で、彼女自身も雑誌のコラムニストとして有名な女性だった。
「ですからずっと申し上げているように、僕はまだ身をかためる気持ちはありませんし、そもそも結婚相手は自分で決めると何度も言ってるではありませんか」
もう何度もエルロイとは同じようなやり取りをしていた。
「政略結婚によって、企業それぞれの弱点を補い、双方ともにメリットがあることをあなたもよくわかっているでしょう?きっとこの婚姻がアードレーグループに多大な幸をもたらしてくれるのです」
「確かに、おっしゃるとおり、アードレーの事業において弱い部分はあります。ですが、婚姻によってカバーするのではなく、純粋にビジネスでその分野を強化していこうと思っています」
アルバートが自由な放浪生活をしている間、その秘密をひとりで抱え、一族の盾となって守ってくれたエルロイ。そんな彼女の意向をくんでやりたいと思うアルバートであったが、この件に関してだけは、絶対に折れないと決めている。
「そのためだけではありません。あなたは、一族の総長なのですよ。アードレー家に相応しい婚約者を決め、早く立派な後継者をもうけることが、あなたの大切な役目のひとつなのです」
そして、エルロイは眉をひそめ、コホンと咳払いをしてから付け加えた。
「それに。何よりわたくしがこの女性を薦めるのは、この方はあなたの特殊な事情についても理解して下さって、それでも良いと言ってくれているからなのです」
今度は、アルバートが眉をひそめる。
「───僕の特殊な事情?」
「そうです。あなたには、特殊な、社会的に問題のある事情があるではありませんか」
「───おっしゃる意味がわかりません」
「いえ、わかっているはずですよ、ウィリアム。社交界においても、アードレーの名前と共に取り沙汰されるのは、あなたの養女の存在なのです。年若い養女というコブ付きの男性など、誰しも嫌でしょう?」
「コブなどと・・・。キャンディのことをそんな風に言わないでください」
アルバートの抗議を無視するエルロイ。
以前のように憎しみのこもった目でキャンディを睨みつけることこそなくなっていたが、今だにエルロイは、キャンディの名前を口にしようとはしなかった。
「こちらの令嬢は、その事情も承知してくださっているのです。ありがたいことではないですか」
「お言葉ですが、大おばさま。僕の知る限り、このアメリカで養子をとることは、別に珍しいことではないと思います。かの有名な不動産王、チャールズ・ディクソンも実子ふたりに養子が3人もいましたから」
「それはチャールズ・ディクソンが結婚もし、血のつながった実子がいた上でのことでしょう。結婚した夫婦が養子をとるのなら良いのです。問題なのは、あなたが独身で、若く、その養女の年があなたとそれほど離れていないことなのです」
「その養女が、僕を助けてくれたのです。記憶を失い、シカゴのどの病院からも見放された時、ただひとり僕を庇い、親身になって看護をしてくれたのが彼女なのです」
「・・・・・・」
乗っていた鉄道が爆撃を受け、記憶を失って運ばれたシカゴの病院。身元のわからないアルバートが病院から追い出された時、職を失ってさえもアルバートを看護したのは養女のキャンディだとエルロイも知っていた。
「あの時、大おばさまも彼女に感謝しているとおっしゃっていたではないですか」
「確かに───。あの子には、その件について感謝はしています。ですが、やはりあの子がいることで、あなたの人生やアードレーの総長としての地位に影を落としているのは事実なのですよ」
「エルロイ大おばさま」
恐らくこれを伝えておかなければエルロイはこれからもアルバートが根負けし、折れるまで、強引に令嬢たちと会わせて婚約を進めようとするだろう。
「たとえ大おばさまのご命令でも、僕は今後もどんな令嬢にも会うつもりはありません」
アルバートは、キッパリと宣言する。絶対にこれだけは譲ることはできないことだから。
───その言葉に。
アルバートの側でただひとり看護したのがキャンディだと言われ、一瞬トーンダウンしたエルロイであったが、またムッとしてアルバートの瞳を見据えた。
「なぜ、わたくしが紹介する令嬢に会ってもみないのか、いったいどこが気に入らないと言うのか、きちんと理由を説明なさい。才色兼備で、ご実家はアメリカでも有数の名門。どこが不服なのです?会ってみれば気に入るかもしれないでしょう?それに、あなたは一族の総長としての責任があるのですから、個人的な感情より、総長としての立場を優先しなくてはなりません」
エルロイの言うことは理解していた。だからこそアルバートは、幼少の頃から特殊な環境に生きることを甘んじて受け入れてきたのだ。
だが────。
「ご紹介くださる令嬢たちが気に入らないのではないのです。人生の伴侶は、心から愛する人と、と思っていますから、大おばさまがなんとおっしゃろうとも、この件だけは譲ることはできません」
アルバートの言葉に、エルロイは鋭い眼差しを向けた。
「心から愛する人───?ではどなたか、すでに心に決めた女性でもいるのですか?そんな女性がいるのなら、ここへ連れていらっしゃい」
その言葉に、アルバートが、ふっと、怯んだように瞳を揺らした。
───まだ、だ。まだ言うべき時ではないと、アルバートは心のうちを吐露しそうになる言葉を飲み込んだ。その様子に。
「ウィリアム、誰かいるのですね?」
「・・・・・・」
「誰なのです?そんな女性がいるのなら、すぐにでも話を進めれば良いではないですか。それともわたくしに紹介できないような女性なのですか?」
エルロイがそう言った後、はっと何かを察したかのように、頬に緊張が走った。部屋の中が一瞬で凍りつく。
「────もしや・・・」
「申し訳ありません、大おばさま。火急の用があって車を待たせていますので、これで失礼します」
エルロイが何か言い終えない内にアルバートは、そう一息に言い切って、くるりと踵を返し、部屋を出ていった。
ゆっくりと重々しくドアが閉まる。
そのドアを深く皺の刻まれた厳しげな眼差しで睨むエルロイ。
アルバートが、どの令嬢にも会おうとしないのは。
───もしかして。
エルロイの胸に、嫌な予感がよぎる。
───キャンディス・ホワイト。
アルバートはあの子を?
ニールはあの子と結婚できないのであれば、志願兵になると私たちに強く言った・・・。あの臆病なニールをそこまで言わせた子。
幼い頃から穏やかで優しいアンソニーもあの子を庇って、激しい一面を見せたことがあった。
アリステアも、あの子のことを実の妹のように大切にしていた。
調子のいいところのあるアーチーボルトも、あの子には誠実に接している。
これまでずっと、育ちの悪い子だから人に取り入るのがうまいだけだと思っていたけれど、なぜなのかあの子に接する人間はみな好感を抱くようになる。
もしかしたら、先入観で抱いていたイメージとは全く違って、悪い子ではないのかもしれないと、エルロイは思う。
しかし。
それとこれはまったく別の話だ。
───なんとかしなくては。
アルバートがあの子と────。
醜聞はさけねば、アードレーの名前に傷がつく。
エルロイは、ベルを鳴らし、長年仕えている執事のクルーズを呼んだ。
手遅れにならないうちに行動しなくては、と。
シカゴにあるアードレー家本社ビル。
今では村やポニーの家の財源になっているスイーツ『カヘタ』のことでキャンディがいつものように、シカゴのマージャルデパートに打ち合わせにやってきたその日。アルバートはあいにく、長期のアメリカ南部出張に出かけていて、本社ビルには不在だった。
しかし、キャンディは最上階にあるアルバートの執務室にやってきて、デスクの上に、今朝焼いたクッキーとアルバート宛の手紙を置いた。
────予定通りならアルバートさんは、明日には帰ってくるはず。
キャンディは、執務室のドアを閉めながら、デスクの上を見てにっこりした。
────喜んでくれるかしら。
きっとアルバートは喜んでくれるに違いない。
そして、また、アルバートからのお礼の手紙がポニーの家に届くだろう。色々なことが書かれた手紙はキャンディを幸せにしてくれる。
アルバートが大おじさまであると、正体を知る前は手紙のやり取りはそれほど頻繁ではなかった。そもそも、一緒に暮らしていた時は、アルバートに手紙など書かなかったし、それ以前はアルバートがどこにいるのかわからず、手紙を出すこともままならなかった。
もちろん、大おじさまとしてのアルバートにも、手紙は書いていたが、それは一方的にキャンディが日々の生活や感じたことなどを報告するものであった。
それが、今ではおしゃべりをするように、アルバートと手紙のやり取りをしているのだ。
キャンディから、近況、様々な村のニュース、ポニーの家のこと、村をあげての事業となっているカヘタ作りの運営についての相談などを書けば、今度はアルバートが出張先での出来事や彼女の相談に対するアドバイスを返信する。そしてまたキャンディがそれを読んで手紙を書く。そして双方が、時には冗談を言ってからかったり、ふざけたりする楽しいものだった。
だが、そんな中にひとつだけ以前と変わったことがある。それは、イギリスから帰国後、アルバートが、アードレー家の事業についてキャンディに詳しく話をするようになったことだ。
進めている事業計画、アードレー家の強み、弱み、そして、それだけに留まらず、自分の抱いているある『夢』までも語るようになった。
その夢とは。
現在、アルバートが事業と同じくらい力を注いで計画しているのが、『シカゴクラブ』という社会奉仕活動を行う組織を作り上げ、軌道に乗せることだった。この組織は、営利を求めるものではなく、恵まれた企業のトップたちが、その潤沢な資金を出しあうことによって、国レベルでは難しい奉仕活動を行い、社会に貢献していこうという趣旨のものだった。
アルバートは世界中を旅し、自分自身が恵まれた環境に生まれ、育ってきたことをずっと感じていた。その恵まれ、与えられた『物』や『力』をただアードレーグループの従業員のためだけに生かすのではなく、広くアメリカ中に、また世界中に還元したいと感じていた。
そのために。
個々ではなかなか難しい社会奉仕活動も、企業のトップたちが集まり、結束し、チームワークを発揮して行うことによって、もっと広くパワフルに、的確に効果を挙げることが出来るようにと組織された団体を作り上げようとしていたのだ。
その奉仕活動は、社会が必要とする全方位にわたり、地球環境問題改善、献血、骨髄バンクへの協力、献眼、献腎など様々な分野において活動していきたいとアルバートは考えていた。
そして。キャンディは、その夢を叶えるためにアルバートが精力的に動いていることも、今回の南部行きもそのためであることも聞いていた。
それまでは、アードレー家について、ほとんど何も知らなかったキャンディだが、少しずつ色々なことを知るようになっていたが、それは、アルバートがキャンディをパートナーとして、将来アードレーグループを率いていく人間だと思っている証でもあった。
キャンディが本社ビルを出て、シカゴ駅に向かっていると、ふと通り過ぎる風に甘い花の香りが漂っていることに気がついた。
見ると、目の前の屋敷の門につるばらが繁っていて、風にそよいでいる。
もう薔薇の季節なんだわ───。
キャンディはなんとも言えない気持ちになった。胸の奥がツンとする。
きっと今頃、レイクウッドのアンソニーの薔薇が咲き誇っているだろう。
────そうだわ。
キャンディは、ふと、レイクウッドのアンソニーの薔薇園に行こうと思い立った。
汽車と馬車を乗り継いでやって来たレイクウッド。満開の薔薇がキャンディを出迎えてくれる。
初めてアンソニーに会った薔薇の門。
「泣かないでベビーちゃん」
薔薇の門に腰掛け、そう言って微笑みかけてくれたアンソニー。この世にはこんな素敵な人がいるのかとキャンディはときめいた。
そしてあの頃。毎朝、少しでもアンソニーに会いたくて、朝もやの中をラガン家から薔薇園に走っていった。アンソニーがいるだけで、どんなに辛いことがあっても、世界中が優しく感じられた。
そして。
一年前。
ニールと婚約させられそうになって、ジョルジュに教えてもらった大おじさまの居場所。
それがレイクウッドで、いたのはアルバートさんだった。大好きな大好きなアルバートさんが、会いたくてたまらなかった大おじさまで。
そして、大おじさまと歩いた満開のアンソニーの薔薇園。大おじさまアルバートさんの心の痛みを知ったあの日。
キャンディは、一生、あの日を忘れないだろうと思う。
もう一年前になるのね。
レイクウッド───。幸せなことも悲しいことも。
色々なことがあったけれど、この場所はかけがえのない宝物だとキャンディは思う。
そんなことを想いながらしばらく薔薇の門を見つめた後、キャンディは、満開の薔薇の下をくぐり抜け、奥へと向かう。
さくり、さくりと芝生を踏みしめる音が響く。ゆったりとふりそそぐ柔らかな暖かい日差し。
しばらく行くと、奥にあるガゼボの柱に青々とした蔓薔薇が伝い、ピンク色の可憐な薔薇を咲かせているのが見える。繊細なレースを思わせる花びらが、そよ風にふわりと舞い上がり、甘い香りが流れていく。隅々まで手入れの行き届いた美しい庭は、夢の世界のように華やかで、見る人を酔わせるけれど、ひっそりと人影のないそこは、ふと、この世ではなく、天国へ迷い込んだのではないかと、キャンディに錯覚させるようだった。
そして。
ゆっくりと薔薇園の奥に歩みを進めたキャンディは、目の前にひっそりとたたずむ小さな石版とその傍らにある白薔薇を見つめる。
薔薇園を彩る色とりどりの薔薇とは違うその白薔薇は、清らかな白い絹の中に、緑色の花びらを優しく抱いている。
小さな大理石の石版に彫られた文字。『スイートキャンディ』
あの頃は小さなか弱い薔薇の木であったのに、今はしっかりとその存在を誇らしげに示しているのが、アンソニーがいなくなってからの年月を表しているように思えて悲しくなる。
その前に跪き、キャンディはそっと石版に手を伸ばす。指で触れると、ひんやりとした大理石が肌の温度を吸いとるように思えた。
「・・・アンソニー、ただいま」
目の前に咲くスイートキャンディを見つめながら、キャンディは静かに呟いた。
その声に答えるように不意に、懐かしい声が響いたような気がした。
───お帰り、キャンディ。元気かい?
花を揺らす風のように柔らかく、優しいアンソニーの声。
その懐かしい声の主に会いたくて、キャンディは胸が苦しくなる。
────アンソニー!!
声が、聞きたい。もう一度。今度はもっと近くで。そうキャンディが思った。
────その時。
「ママー!先に行くからねー」
男の子の声が、薔薇園の向こうに、場違いなほど明るく響いた。
「待って。バートったら早すぎてママ追いつけないわ」
「ママはあとからゆっくり来て!」
足音が近づき、やがて薔薇の木々の間から、幼い少年が現れた。キャンディを見るパッチリした青い瞳。柔らかな金髪。そして愛らしい顔に浮かぶソバカス。
まだ四、五歳くらいだろうか。その少年は、キャンディを見つけると、心底驚いたようにあんぐりと口を開けた。
レイクウッドのアードレー家は、屋敷と庭園を管理している必要最小限の使用人しかいないはずだった。もしかしたら、他の屋敷に住む親族の子供かもしれない。
キャンディがそう思って声をかけようとした時、少年が先に口を開いた。
「───君って、もしかして薔薇の妖精?」
少年は、立ち上がったキャンディに
深い海色の瞳をパチパチと瞬かせて、大真面目な顔で尋ねた。
そのかわいらしい問いかけに、キャンディは満面の笑顔になる。
「こんにちは。私はキャンディよ。残念ながら、薔薇の妖精ではないわ。あなたはだあれ?」
「なぁんだ、人間か」
少年は、半分がっかりし、半分ほっとしたような口調で呟いた後、キャンディの問いに答えた。
「僕は、バートって言うんだ」
それから。言い訳をするようにツンと肩をそびやかした。柔らかな金髪が風に揺れる。
「あのね、庭師のホイットマンJr.が、ここには管理人さんしか住んでいないって言ったんだ。だから僕、君のこと、人間じゃないかもしれないって思ったの」
「ふふ。嬉しいわ。薔薇の妖精だなんて、一瞬でも思ってもらえたなら」
そんな最上級の褒め言葉、誰からも言われたことない。
「ねえ、バート。あなたはどこのお屋敷から来たの?」
レイクウッドの広大な敷地の中には、アードレーの一族それぞれが持つ別宅や色々な施設が点在していた。ラガン家は比較的アードレー家の近くに屋敷があったが、他の親族たちの屋敷はそれよりも離れたところにあった。歩いてここに来るのにはかなりの距離だ。
「アードレー家だよ」
予想外の答えにキャンディは、コツンとつまずく。
───え?アードレー家?
管理人さんが新しく変わったのかしら?その息子さんなの?
キャンディはアルバートからレイクウッドに関することは何も聞いていなかった。キャンディが知る管理人は、古くからアードレー家につかえていた男性で、すでに六十歳をかなり超えていたはず。
あの管理人さんが、この子の父親ってことはないわよね。
バートは、アードレー家の客人として屋敷に滞在しているのだろうか?
「ねえバート、あなたのご家族もアードレー家のお屋敷に住んでいるの?」
しかし、少年はキャンディの問いかけに、ブンブンと頭をふった。
「ううん。違うよ。パパは、シカゴに大きなお家があって、そこにいるんだ」
シカゴに家があって、そこに住んでいる───。
じゃあ、この子は管理人の子供ではないわ。やはりそれなら親族の誰かが、アードレー家の別宅に滞在しているのだろうか?質のいい生地の洋服、きれいな発音、礼儀正しい振る舞いは、バートが上級教育を受けていることを示している。
キャンディは、まだまだアードレー家一族をよく知らないことを痛感した。
「それじゃあ、バートもいつもはシカゴに住んでいるのね」
キャンディが親族の誰かの子息だろうと納得しかけた時、少年が付け加えた。
「ううん、違うよ。僕とママはアフリカに住んでいるんだ。お船でアメリカへきたの。初めてだよ、あんなに大きなお船に乗ったのは。でね、ここへ着いたのは2日前なんだ」
アフリカにママと住んでいる───?
父親と離れて?
アンソニーもステアもアーチーも両親と離れて、レイクウッドに住んでいたけれど、バートもまたそうなのだろうとキャンディは考えた。
「シカゴでパパとは会えた?」
「ううん。まだパパに会えていないよ。もうすぐ、パパが僕たちに会いにここへきてくれるの」
得意気にそう言うバートにキャンディは微笑みかける。
きっとバートたちはレイクウッドで落ち合うことにしているのだろう。シカゴより自然の多いレイクウッドの方がバートにとって楽しいはずだ。
「パパに会うの、楽しみね」
「うん!パパに色んな話をしてあげるの。パパは動物が大好きだからアフリカの話を教えてあげるんだ」
「アフリカの話、きっとバートのパパはすごく喜ぶと思うわ。アフリカって素敵なところなんでしょうね」
「そうさ。僕の住んでいるアフリカには広い草原があって、動物たちがいっぱいいるんだ。すっごく素敵なところだよ。でも戦争が始まったから、ママはアメリカのために働きたいって、帰ってきたんだ。僕のママはお医者さんなの」
なぜだろう?キャンディは、心の中で、何か忘れ物をしているような気持ちになる。もっとバートに詳しく尋ねようと口を開きかけた時。
「バート、ここは迷子になるからママから離れちゃあダメだって言ったでしょう?」
そんな声と共に現れたのは、ブルネットの髪に、濃い茶色の瞳の小柄な女性。ラフなシャツにパンツ姿が似合っている。
彼女は、キャンディを見ると微笑みを浮かべ会釈した。親しみやすそうなその顔にはキャンディと同じくらいソバカスが浮かんでいる。そしてバートのそばにやって来ると、優しく彼の頭を撫でた。
「あわてなくてもまだ小さな鳥たちは巣立ったりしないわ」
「ごめんなさい、ママ。だって早くヒナをみたいんだもん」
バートは母親を見上げながら、そう言った後、キャンディを振り返った。
「じゃあね、キャンディ。僕たちこの先にあるツリーハウスに行くんだ。そこから見える木に鳥の巣があって、ヒナたちがいるの」
薔薇園の向こうは、林が広がっている。キャンディはその林の中をターザンのように枝を伝って行くのが好きだったのだが、その奥にはツリーハウスがあった。どうやらその林に鳥が巣を作っているらしい。
「会えて嬉しかったわ、バート」
キャンディがそう言うと、バートはバイバイと手を振って母親と歩きだす。今度は母親の手をバートが引っ張って。
キャンディがふたりの背中を見送っているとふたりの会話が流れてくる。
「ねえママ、パパがここへ来たら鳥の巣があることを教えてあげようよ。パパはいつ帰ってくるの?」
「そうねえ。たぶん、もう少しかかるんじゃないかしら。はっきりとはわからないって言っていたもの。いつだってそうなのよ。アルバートは風の向くまま、気の向くままだから。ふふふっ。あ、アルバートじゃないわ。ウィリアムと呼ばないといけないんだったわね」
バートの母親が、息子を見下ろして微笑んでいるのが、キャンディからも見えた。
────ア………ル……バート?
聞き間違いじゃないわよね?
キャンディの胸の鼓動が激しくなる。
あの子のパパが、アルバートさんなの?
パパはシカゴの大きな屋敷に住んでいて、ふたりはアフリカに住んでいる───。
ふたりの後ろ姿を見つめながら、キャンディは思い出していた。
アルバートさんはアフリカにいるとロンドンに手紙をくれたことを。
母親はブルネットと濃い茶色の瞳なのに、バートは、サンディブロンドとサファイアンブルーの瞳。
アルバートさんも同じサンディブロンドにサファイアンブルーの瞳。
あの子はアルバートさんの子供なの?
今まで思ったこともなかったアルバートさんの過去。こんな形で知ることになるなんて。
キャンディは息が苦しくなった。
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素晴らし過ぎて一気読みです、、、どちら派かとか超えて、どちらの流れも好きで、キャンディの世界観の素晴らしさや、キャラクターの素晴らしさが根底にあると至極納得です。それにしても素晴らしい構成力とストーリー展開。妄想の翼を自由に広げてくださることを心より楽しみにお待ちしています。
nanさま
コメントをありがとうございます。すごくすごく嬉しいです。
一気読みしたとおっしゃってくださり、感激です。
nanさまのおっしゃる通り、キャンディキャンディの魅力は、その『世界観やキャラクターの素晴らしさ』が根底にあるからだと私も感じます。
本当に素晴らしい少女漫画ですよね。
だからこそ、妄想の翼がどこまでも果てしなく広がります。
特にテリィについては、むちゃくちゃ広がる私なんです(笑)
これからも読んでいただけましたら、嬉しいです。
暑い日が続いていますが、ご自愛くださいませ。
お忙しく、ご家族や友人いろんな事がありますよね
でもでもジゼル様もキャンディの漫画を、温かい日向で漫画を読んでいた、子供の頃が自分と失礼ながら重なります
個人的な母のことまですみませんでした
ジゼル様の日々がどうか穏やかで、優しい毎日である事を祈っています♡
お返事感謝に絶えません
じんとたんさま。
こちらにも、コメントをありがとうございます。すごく嬉しいです。
そうですよね。この年になると本当に色々なことがありますよね。
だからこそ、時間のある時には、懐かしいキャンディキャンディの世界に浸ったりしたいと感じるんです。
ぼちぼちと二次小説を書かせていただいていますが、その時間は頭の中がキャンディキャンディで満たされて、本当に幸せです。
と、同時にコメントを、くださったり、いいねを押してくださる方々のお名前も思い出しています。
じんとたんさまのこと、いつも思い出しています!アイコンのテリィと共に。
早くお母様が良くなりますようにお祈りしております。じんとたんさまもご自愛くださいね。
これからもよろしくお願いいたします!